養老物語

菊水泉

 岐阜県養老町に滝の水がお酒に変わったという伝説で有名な養老の滝があります。日本人なら誰もが知っている孝行息子のお話ですが、伝説にも歴史的な変遷があるようなのでそのルーツを調べてみました。
 現在伝わる伝説は以下のようなものです。
 『昔、元正天皇の頃、養老の山の麓に源丞内という貧しい樵(きこり)が住んでいました。
 朝な夕な山道を上り下りして薪を採り、一生懸命年老いた父親を養っていましたが、その日その日を食べていくことに追われて、老父の好きなお酒までは十分求めることは出来ませんでした。
 ある日、いつものように山に働きに出て、岩根を伝う滝の水を眺め、「ああ、あの水が酒であったらなぁ・・・」と思った時、苔むした岩の上で誤って足を滑らせてしまいました。と、その時、どこからともなく酒の香りが漂ってきました。不思議に思い、辺りを見回すと、近くの石の間の泉から山吹色の水が湧き出ているのが見つかりました。いぶかりながら見ると、これは不思議、芳香を放つ本物のお酒だったのです。
 はじめは夢かと思った源丞内も、大喜びで「あら、ありがたや、天から授かったこの酒」と瓢(ひさご)に汲んで帰り、老父に飲ませました。半信半疑の父は、一口飲んでは驚き、二口飲んで額を叩き、三口飲んでは手を打って大喜びしました。親子の「おめでたい、おめでたいことだ」と喜び笑い合う声は村中の評判となり、やがては遠く奈良の都まで知れ渡りました。

養老の滝
養老の滝

 元正天皇はこの泉をご覧になるため、わざわざこの地に行幸され、これは源丞内の感心な孝行の行いを天地の神がお褒めになったのだとおっしゃいました。
 そしてその水をお持ち帰りになり、都の人々にも飲ませられて、このめでたい年を記念して、年号を「養老」と改められたのです。』

 史実としての伝承は以下の通りです。(続日本紀(797年))

 『第44代天正天皇(女帝・在位霊亀元年(715年)〜養老8年(724年))が霊亀3年(717年)美濃国に行幸され多度山中の美泉をご覧になった。その水で手や顔を洗ったところ皮膚が滑らかになるようであった。また痛いところを洗ったらその痛みがとれて治ってしまった。聞くところによるとこの泉の水を飲んだり浴びたりする者のあるものは禿げた頭に髪が生じ、あるものは目が見えるようになった。その他の長く治らなかった病気がすべて治ったと聞く。美泉は病気を治すのに大変効果があり、老いを養うのにこの上もない薬である。こうした美泉が出たのはたいそうめでたいことなので元号を養老と改めよとの詔を出した。』

 またこの時代に編まれたという万葉集にも以下のように詠われています。

「古ゆ人の言い来る老人のおつとふ水そ名に負ふ滝の瀬」(万葉集巻6 大伴東人)
(いにしえゆ ひとのいいける おいひとの おつとふみずそ なにおふたきのせ)
(昔から言い伝えてきている老人の若返るという水なのだ、高名なこの滝の瀬は)

 これより500年ほど後の鎌倉時代中期の「十訓抄」及びその後の「古今著聞集」では孝行息子が山中で酒の湧く泉を発見したとの話が加わって現在の伝説になっています。
 また、お酒になったのは泉ではなく滝であったとする伝説もあります。

 水の伝説を訪ねて取材班は12月初旬に養老の滝に向かいました。滝までは駐車場から坂道を上ること約20分、親孝行をされるべく年代にさしかかっている取材班のメンバーには少々きつい行程でしたが渓流沿いに残るモミジやイチョウの紅葉に励まされながら雄大で流麗な滝に到着です。
 高さ約30メートル、幅約4メートルの滝の水が落ちるのを眺めながら、伝説を思い浮かべます。

養老神社菊水泉

   <我々は今回の取材で調べるまではお酒に変わったのは滝の水とばかり思い込んでいましたが、目の当たりにするとこの滝が全部お酒とはいかにも壮大すぎるからやはり泉のほうが話としても自然かな?>
 <美容、若返りに効く泉の水に感激して元号まで変えてしまったのは若返り願望の強い女帝だったからかな?>

養老渓谷の紅葉
養老渓谷の紅葉

 <伝説の内容が変わったのは親孝行の教訓を付け加えるためには若返りの水よりお酒が湧いたとしたほうがお話としてはインパクトがあるからかな?>
 <以前訪れた時には滝の脇のわずかなスペースに茶店があり、滝を眺めながら飲食できるようになっていましたが今回は撤去されていて片隅に飲み物の自動販 売機が一基置かれていました。何か場違いで違和感がありました。養老の滝の水でお酒を造り茶店でお土産として販売したらどうかな?>
 冬で観光客も少なく、滝の持つ独特の雰囲気の中でいろいろと思い浮かぶひと時でした。
 天正天皇の美泉は菊水泉と呼ばれ、滝から500メートルほど離れた養老神社境内にあり現在もこんこんと水が湧き出しております。飲用可としてひしゃくが備えられています。試しに飲んでみるととても甘い感じがしました。もちろんお酒の香りはありません。
 ちなみに水温は滝が摂氏約20度、泉が約13度、硬度は滝が約34mg/l, 菊水泉が約85mg/l, と泉のほうがカルシウム、マグネシウムを多く含んでいます。(「水の情報サイト」から引用)
 今年2017年は養老元年から数えてちょうど1300年。親孝行の教訓として今に語り継がれるこんな昔話に思いを馳せてみるのも有意義なことかもしれません。

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養老の滝への地図

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