パリ
過年、パリのオルリー浄水場を訪問し、パリの水道について調査した。オルリー浄水場はオルリー空港に離着陸する航空機が上空を通過するので鍋屋上野浄水場のようだと感じた浄水場だった。
浄水場では女性の職員から説明を受けたが、理解できない部分もあり、正確さを欠いている部分もあるかもしれないが、水源の確保に対する考え方とその事業について、すごさを感じていただければ幸いである。
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パリの水道は汚染されていない清浄な源水を遠距離にもかかわらず直接パリまで送水し、塩素注入のみで給水する水道(以下、源水水道と言う)を建設しており、不足する量だけ近くの河川の表流水を浄化してこの水と混合して給水していた。
パリの水道は1960年代までは、パリの街を流れるセーヌ河と近くのウルク運河の水を水道水として利用してきたが、これらの水源は生活排水のため、水道水源として利用できなくなっていった。
このため、パリでは積極的に良質な水源探しが行われたが、パリ近郊では良質な水道水源を見つけることは不可能だった。
1865年には130km離れたドュイ川の源流付近を保護地区とし、そこで取水したのをはじめとし、1874年には156km離れたヴァンヌ川の源流付近からも取水して、パリ市内のメニルモンタンとモンスリーの二つの配水池に合計18万㎥の水を約60時間要して送水し直接給水していた。
そして、セーヌ河とウルク運河から取水していた浄水場の水は雑用水道として利用し、新たな水道のための別系統の配水管網を建設したのである。
送水はすべて汚染されないように暗渠とし、最長のヴァンヌ川からの水は150km以上で名古屋から東では焼津まで、西では京都までくらいの距離があり、勾配があったとはいえ、サイホンや水路橋や蒸気機関による水車で山や谷を越えて送水した事は当時として驚くべき資金力と技術力であったと思うと同時に良質な水に対する執念を感じさせられる。
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当然これだけの水では年々増加する需要に対処できないので常に水源探しに追われており、パリ西方102kmのアーヴル川の源流から16万㎥取水して、サン・クルー配水池に送水する水道が1893年に完成し、100kmを超える送水路を持つ三本の源水水道が完成したが、さらに増加する需要に河川源流からの水源探しは急場に間に合わないような状態であった。
このため、1897年にセーヌ川の上流で取水して沈殿・緩速濾過処理をするイヴリ浄水場とマルヌ河から取水するサン・モール浄水場を建設し、需要の増加に対応して不足分を配水池に送り源水水道と混合して市内に配水していた。
その後も河川源流の水源探しは続き、1900年には10万㎥をロアン川と支流のルナン川の源流から取水する源水水道が、1924年には10万㎥をヴルジー川の源流から取水する源水水道が完成し、モンスリー配水池に送られた。その結果、源水水道は5系統となり日量約54万㎥程度となった。
源流の取水場なるものが、現地を見ていないので良く解らないが、水源区域は遠方でかなりの部分自然流下で送水されていることから、相当標高の高い山地に囲まれた河川の源流地点で湿原や森林を含む地域ではないかと想定される。
そこでは、周囲の広大な農地等は買収し、買収出来なかった農地も農家に一定の補償をして保護区として汚染を防止し、渓流や自噴している表流水さらに地下数mの浅井戸や、深井戸が掘られ取水しているようである。
これらは水源近くの集水場で浮遊物質の除去と水質のチェックを行い流量調節してパリの配水池に送水し、ここで塩素注入を行い市内に配水しているようだ。
水源地では現在でも源水を増やすため試掘を重ね、少しでも多く取水出来るよう努力が続けられており、完成当時より取水量は増加の傾向にあるようであり取水個所は100箇所以上あるようである。
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一方セーヌ河から取水するイヴリ浄水場やマルヌ河から取水するサン・モール浄水場は河川の汚濁が進み次第に浄化能力が落ちてきたので、濾過速度を遅くしたり、二重濾過等に改良するなどして源水水道と混合して給水していたが、これらの浄水場も老朽化してきたので、1972年に近代的なオルリー浄水場が建設されたのである。
オルリー浄水場はセーヌ川が水源であるが、この原水が油類でしばしば汚染され、取水できない時があるため半日分の原水貯水池を浄水場の傍にもっており、通常でも前塩素処理は13ppm程度注入しなければならないような悪い原水である。薬品沈澱、急速処理のあと、後塩素はやめオゾン処理をして給水しているが、源水水道の塩素注入率が0.3ppmにくらべると、セーヌ川の水がいかに悪いか解ると思う。
パリの水道は市内に七箇所の配水池を持っており、総容量は約100万㎥でほぼ一日最大給水量を確保している。ここに可能な限り源水水道からの水を送水し、その日に不足する分だけ河川水を浄化して、最大でも源水水道の量と河川の浄水の量が、6対4の割合で混合する様にして水質を均等化する努力をしているようだ。一日の最大給水量は観光シーズンで100万㎥前後であるようだ。
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このような努力にもかかわらず、わが国の水道水質と比較すると、硬度が200ppm前後で決して良い飲料水とは言えない状態である。
このため、パリの水道は飲料可にもかかわらず飲料水としてはエビアンなどのミネラルウォーターが常用されており、さらに、雑用水道もあるため、一人当たりの一日使用量は二百数十リットル程度である。
このように、パリの水道は汚染されてない水を想定外の長距離から送る源水水道によって一定量が確保され、不足分は近くの河川水を高度処理し、源水水道に混合して供給しているのが実態である。
参考文献 水道の文化 ―西欧と日本― 鯖田豊之
栗田資夫